「ろう文化宣言」説得力バツグンだった?!

今回から、ろう文化について話をしていきましょう。

Aさん
前川さんが参加されていたのは、米内山さんや木村晴美さんのグループ(Dプロでしたっけ?)でしょうか?
もし米内山さんや木村さんと面識がおありであったならば、彼らについてどう思われるか、教えていただけると嬉しいです。

質問のこれらの人たちとの直接の面識はありませんが、ろう文化の話が出た当時はわたしが自分に自信が持てなかった頃で、「ろう文化宣言」を何度も読み、ネット上の掲示板で議論していました。

「口話教育は失敗だった」

そして、

「聴覚障害者は日本手話を使うべきだ」

と考えていたのです。
というのも、木村さんは聾教育で口話教育を受けて、成績優秀な人に贈られる川本口話賞(1999年解散)を受賞した人です。それだけに成績優秀な人だったのでしょう。

そのろう者の間でよく知られている人がそれまでの口話教育を否定して、手話、それも日本手話を使うべきと主張してきたのですから、本当に説得力バツグンです。

当時のわたしは社会に出たばかりで、いろいろとあったことから自己肯定感が低く、主体性がありませんでした。

少しでも聞こえる人並み、普通の人並みになって欲しいと思う両親からは発音などがちょっとでも悪いと責められ、どうしたら聞こえる人たちと良好な人間関係をつくるコミュニケーションがとれるのかもわからないわけです。

わかる人もいないし、教えてくれる人がいないのです。

意外かもしれませんが、きこえる親は聞こえない子供の感覚はわからないのです。

両親も会社の人もわからないので、ただ「頑張れ」「人の三倍頑張りなさい」というしかありませんでした。

私はそれを言われる都度、

『どこまで頑張らないといけないんだ?』

無意識に怒りを蓄積していました。

同時にそんなことを言われる耳の聞こえない自分が嫌でした。

ふらっと死にたくなることもしばしばでした。

今思うと、心が折れている状態でした。

折れているだけならともかく、自力での回復は困難な状態でした。

当時はそんな状態ですから「ろう文化宣言」の話を読んで、これなら聴覚障害者が社会で聞こえる人達とのコミュニケーションなどで辛い思いをせずにすみ、幸せになれるかもしれないと感じていました。

当時は補聴器を使うのを辞めたり、声を出すのをやめて手話のみで話すようになった人もいました。

状況は個人それぞれですが、補聴器の装用がまったく意味をなさない状態の人や、口話法が適しない人もいたのは事実ですが、補聴器が使えるのにわざわざ止めてしまう人もいました。

一方で、中途失聴した方がわたしに「あなたは子供の頃から耳が聞こえないから、そんなに悩んでいないだろう」と無茶な話を言ってくる人もいました。また、前回書いた話のように私を攻撃してくる人達もいました。

わたしはその中で、だんだんと「ろう文化」の前提となる話、そして、聴覚障害・難聴者を取り巻く「常識」とされる話がおかしいことに気づはじめました。

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    難聴・聴覚障害のコミュニケーションと心理状態について、日本でも数少ない当事者の専門家。専門家でも難しい「難聴である自身の自己肯定感の低さ」などメンタル問題を頑張らないで解決できる技法をコーチしています。日本各地からセッションを受けに来る方も多数。手話も学習中。

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